きくみるはなす縁坐舞台 シアター・ザ(坐)・フェンス
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【シアター・坐・フェンス由来】
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スサノオのいたずらに怒り、姉である天照大御神(アマテラスオオミカミ)が
天の磐戸(イワト)にお隠れになったので、世界は真っ暗になりました。
その磐戸(フェンス)を開き、再び天の光が地上に注がれるために、
仲間の神々が磐戸の前で舞い踊ってアマテラスの興を惹きます。
アマテラスが好奇心から磐戸を少しあけてのぞいた時、すかさず鏡を見せて
彼女自身の美しい姿を映し出し、驚いているところを外へ連れ出したのでした。
こうして世界には光が戻ったのです。
これが芸能と呼ばれる営みの原形です。
芸能が生起するプロセスに伴う「一座を結ぶ」という働き(結坐性)の中には、
「隠れること(閉)」、「興を惹くこと(転)」、「表れること(開)」
という力動(エネルギーの動きの形)があります。
この力動が持つ普遍的なリズムが人間の存在の仕方や物事のあり方を変容させます。
芸能の種類や方法の名前は、形の違いを示して区別するためのもので、
変容そのものを直接司るのはこの力動なのです。
この力動を生み出さなくなった芸能(結坐性を失った芸能)は、空虚さをにじませ、
消えていきます。
フェンスを立て、界を閉じること、来るべき新しい空間を身ごもる為に結界する事が、
この力動が現れる為の最初の手続きとなります。
こうしてフェンス(塀・閉)は、我々がその中で自分に必要な経験(物語)を
生きるための一つの世界(ステージ・舞台)を明示する境目(エッジ)となり、
それはまた「鏡」にもなります。
この境目(鏡)・結界があって初めて、個人的な世界が相対化され、
お客様が自分自身という現象の幽明双方に広がる視界を得ることが
可能になるからです。
外と内をさえぎり、聖別する “フェンス” 「聖なる閉鎖」があってこそ二つの界が結ばれること。
フェンス(磐戸)をしっかり閉めて内側を確保し、自らの聖域とできる者(モノ)だけが、
あえて戸を開き2つの世界を結びつける力を持つということ。
舞台構造を祭儀の手続きとして捉えるシアター・坐・フェンスは、
訪れた「場所=時間」が持つ性質(時空間の記憶)や、
そこに住む有縁の方々の言葉(物語)に耳を傾け、共感・共振して
舞台上に転写し、一座建立を試みます。
日々を懸命に生きていく人々の生きた言葉を 『きく』 ことで、言の葉が事の端となって型を作り、
人形(ひとがた)役者によって目で 『みる』 ことのできる形(型地・血)ができます。
それは初めてこの世界に 『はなす』 物語り、話(放)されるモノガタリとなり、
観る者に力を与えます。
力を得た人々が新たに 『はなす』 その言の葉は、日常生活を鳥瞰する高み
で光を放ち、 『きくみるはなす縁坐舞台』 は、未来へ、彼岸へと巡る縁(えにし)を
結坐し続けていきます。
シアター・坐・フェンスが試みる「一座建立」とは、人が本道(本当)に「坐り」始めるに
従って現れてくる、「人であることの歓び」で結ばれた時空間のこと。
そしてシアター・坐・フェンスが見つめているのは、
皆様とともに坐る 「今、ここ」 で結ばれ始める我々一人一人の本道です。
我々は特に「社会」のためや、何かの「問題」を解決する為に
一座を結ぼうとしているわけではありません。
我々にとっては、そのときの「その」時空間と、
縁あって「そこ」にいてくださる皆様の存在そのものが、我々がこの全心身で確かめうる全て、
我々が生きうる全世界となります。
その意味では、シアター・坐・フェンスは、
このありのままの自分自身が存在している現瞬間にこそ世界の本道(ほんとう)がある、
というビジョンを共有している者(モノ)たちの一座だといえます。
「過去」と「未来」についての信念体系によって構成されている社会感覚(常識)から見れば、
フェンスの舞台はまさしく現瞬間に跳梁する目に見えぬエネルギーを視認するための
聖なる坐であり、あるいは聖別された「狂気(物狂い)の坐」としての時空間でもあるのです。
「坐・フェンス」とは日常と非日常、正常と「正常ではないモノ」の境界線に坐ることであり、
それはそのまま此岸と彼岸の縁(ふち)に坐ることにつながっていきます。
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【きくみるはなす縁坐舞台 シアター・坐・フェンスの用い方】
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お客様は、エネルギーが宿る依り代(寄り代)としての舞台空間や小道具、
人形(ひとがた)役者の動きやセリフ(言の葉)に、お客様自身の人生の縁(えにし:出来事・出会い・関わり・因果・可能性など)を転写して見ることができます。
また、フェンスアクター(岩戸役者:人形・ヒトガタ)としてお客様の前に立つことで、
舞台結界の中に顕れる生き生きとしたエネルギーの振動(雰囲気)や、
かつて生きていた存在につながるライン(霊線)と共振することができます。
共感・共振することがフェンスアクティング(人形表現)の基本スタンスとなります。
お客様のエネルギー(波長)と時空間に同期し、
その波長において目撃できる顕幽の景色(モノゴト)を舞台上に反映させることが
フェンスアクターの任務です。
フェンスアクターによるエネルギー同期(syncronize)ムーブメントを用いた舞台設定を
縁坐・シンクロナイズド・シアター(Enza Syncronized Theatre)と呼ぶことにします。
略して ET です(笑)。。我々にピッタリですね。
日本語では、「きくみるはなす縁坐舞台」です。
たとえば「きくみるはなす愛媛・来島縁坐舞台」のように表記し、
その土地が持つ固有の時空間への敬意を表します。
きくみるはなす縁坐舞台(シンクロナイズド・シアター)が設定されることで、
およそ人間が集まって構成されるあらゆるグループ(寄り合い)、組織、
コミュニティ(地域や家族)において、人々の自尊感情が高まり、相互理解や環境
(自然・土地の磁場・祖先の波動など)との一体感の醸成・促進が起こります。
例えば婚礼の席では、新郎新婦のみならず、両家のご親族の、意義深い出会いのために一座を結び、ご縁をさらに深めます。
さらに冠婚葬祭・地鎮祭・収穫祭・お盆・歳末・年始・農村舞台などの民衆祭儀全般において、
人々の血縁、地縁を深め、エネルギーをバランスよく通します。
戦跡や、大きな事故の現場ではその場所に落ち着きや、調和を呼び込むための芸能を行います。
港や河川、谷や山麓、森林、町、農村、田畑、道、山頂など、身体としての日本の大地において、
大切な役割を果たす場所を寿ぐための祭りの空間を設定します。
過疎の村や一人暮らしの古老のお宅を訪問し、あるいは島々や山野に点在する神社や祠を訪ねてその場所や人物に記録(記憶)された物語やエネルギー(言の葉・形)を表現します。
被災地や被差別、貧困、戦乱地域などにおいて、共感(共振り)、勇気付け(魂振り)、
民意の統合、コミュニティの活性化を行います。
会社や学校、病院や福祉施設、地域行政やNPOの事業などにおいて、
必要とされるエネルギーの共鳴・増強を行い、
新しいアイデア(言葉)の創造をサポートします。
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【過去の実践】
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月例公演の他、デイ・ケア施設や学校、
劇場での公演、企業や自治体での研修、
村興し、島興し、在日外国人の支援、披露宴、一周忌、カンボジアやタイでの異文化交流など。
(→http://ptproduce.com/cn26/fmpast.html)
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【現在】
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この6年間毎月一度必ず開催させていただいている
“都会の下町の片隅で、何の変哲もないビルの一室で、
ひっそりと執り行われる秘儀としての精神劇”
「きくみるはなす縁坐舞台」
を中心に、物理的には月4~5回の劇団活動を行っています。
団員数は13名。
Theatre 坐 Fence 代表 橋本 久仁彦

